PressRoom.jpプレスルーム引継帳の余白080115

デカ部屋

引継帳の余白~全国紙デスクの日々

08.1.15

 手に取ると、最後まで一気に読んでしまった。

 元読売記者で、ノンフィクション作家だった本田靖春さんの絶筆「我、拗ね者として生涯を閉ず」(講談社)は、「月刊現代」連載中にも、毎号欠かさず目を通していた。だが、文庫本を買い、改めて全部を読み直すと本田さんのメッセージが痛切に伝わってくる気がする。「新聞記者、しっかりしろ!」と。

 私が新聞社に入った20年ほど前、周囲の記者仲間のほとんどが本田さんの「不当逮捕」「警察回り」を読んでいた。当然、私も読み、本田さん描くところの「昭和30年代……社会部黄金時代」に思いをはせた。

 本田さんをマネしようとしたこともある。支局で警察担当(サツ回り)をしていたころだ。「警察回り」の中で、本田さんが刑事に話しかけるきっかけをどう作ったか、というエピソードが出てくる。今も昔も、刑事というのは無愛想が通り相場で、とりわけ新聞記者など相手にしたがらない。でも、サツ回りは刑事に食い込まないと、商売にならない。そこで、昔から皆が知恵を絞ってきた。

 いま手元に本が見つからず、記憶で書くので間違いがあるかもしれないが、本田さんの場合、刑事部屋でタバコの火を借りるという方法を思いついたそうだ。タバコを1本くわえて、「火を貸してもらえますか?」と刑事に声をかける。向こうがマッチをすると、自分のタバコの箱から「いかがです?」と1本差し出す。人間心理なのか、ほとんどの人は火が消えないうちに、あわててタバコを手にするらしい。タバコをもらってしまった以上、これまた、ほとんどの人が話に付き合うようになる……。

 「これはいいことを読んだ」。私も、さっそく翌日、夜の当直体制の刑事部屋に入り、ヒマそうな刑事の一人からタバコの火を借りようとした。「いいよ」。ポケットから100円ライターを出してシュボッと点火したのはいいが、タバコに火がついたと同時にライターをしまい、私の存在を無視するように再びテレビの画面に顔を向けた。そこで、わかった。ライターは火が消えるのを心配しなくてもいい。「本田方式」はマッチでしか成り立たないのだ。

 まあ、本田さんとは雲泥の差の、出来の悪いサツ回り記者の恥ずかしい思い出である。その後、事件取材の現場から離れてしまったこともあり、警察署に足を踏み入れる機会といえば、運転免許の住所変更ぐらいだった。そのため、うかつにも知らなかった。

 先日、支局から本社に手伝いにきていた若い記者と飲んだ。彼によると、刑事部屋は原則、新聞記者立ち入り禁止なのだという。「取材する時は、どうするの?」と聞くと、「部屋のドアのところから課長を呼んで、別室で話を聞くんです」との答えに、思わず「なんじゃあ、それは?」と声を上げてしまった。刑事部屋をのぞき、何か普段と変わった雰囲気はないか、チェックするのが、事件記者の第一歩、と私たちは教えられたのだが。

 社会部の知人に聞くと、個人情報保護法以降、全国的に「刑事部屋立ち入り禁止」が広まったそうだ。寝る間も惜しんで事件取材に走り回る若い同僚たちは、心底、立派だと思う。でも、新聞の最大の役割は権力の監視装置のはず。見えない相手を監視するのは、極めて難しい。プライバシー保護の名目で、取材の場所や機会が制限されてしまっては、より大きな利益を失うことにならないか。

 それにしても、部屋にも入れないのでは、刑事に食い込むため、タバコを小道具にすること自体がありえないだろうなあ。我々のころですら「黄金時代」とはほど遠かったが、まだ刑事と記者はタバコの火をやりとりする距離にあった。両者を扉が仕切る現在は、「氷河時代」とでも言うべきだろうか。

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引継帳の余白~全国紙デスクの日々 記事リスト

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足腰は弱り体力も落ちたけど相変わらず青臭いこと言っている。そんなオヤジ記者の日常報告。考えるきっかけを提供できれば。 [全国紙デスク]

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