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台湾な日本語(1)鉄道の公式ガイドブック

記者が感じる素朴な疑問

08.1.3

 日本以外で日本語が最も通じる国・地域は台湾だろう。60数年前まで50年間にわたって日本語が使われていたこと、妙に簡略化した大陸(中華人民共和国)の簡体字とは異なり、現在も日本語の旧漢字とほぼ同じ繁体字を用いていること、さらに近年は哈日(ハーリー)族の若者に象徴される日本への興味、台湾を訪れる多数の日本人観光客の存在--、こうしたことが背景にある。

 台北の繁華街で一休みするため、日中何気なく入ったごく普通の地元相手の喫茶店。店を切り盛りしている40歳代と思われるママさんはこちらが日本人だと分かると、日本語に切り替えて話し掛けてくる。「コーヒーにミルクを入れますか」「ケーキがおいしいですよ」。知り合いの日本人客がやってくると「あら、久しぶり」。印鑑を作ろうと街の印章店に入ると、50歳代くらいの夫婦が日本語で注文を受け付ける。「オランダ水牛? それとも黒水牛?」「夜7時くらいに出来上がる」。街のたたずまいも、漢字の看板と相まって日本の大都市そっくりな台北。街を歩いていて一体ここはどこなのか、と思うこともしばしば。車が右側通行である事実だけが、日本ではないことを示している程度だ。

 そんな台北で最も重要な公共交通機関は1996年に最初の路線が開通したMRT。高架鉄道と地下鉄、地上の鉄道などで構成されている。台北を東西に貫くメーンストリート、忠孝東路の下を走る地下鉄、板南線の駅の改札横のパンフレットのラックに、地元向けの広告パンフに交じって日本人観光客向けの日本語観光ガイドブックと観光案内地図を見付けた。ガイドブックはカラー70ページで、MRTの各路線別に見所を紹介、地図は主要駅の周辺地図に加え観光スポットを解説している。

 なるほど、なかなか便利な物だ、と思ってじっくり読んでみると、確かに何を言いたいのかは完ぺきに分かる文章なのだが、どうもしっくりこない。そもそもガイドブックの表紙に大きく書かれた「台北地下鉄 都会の旅手帳」というタイトルに、やや違和感があった。アジア各国の適当な日本語(もどき)の文章には、まったく意味が分からない例も多いが、不思議なことに、このガイドブックは不自然な日本語ながら、文章の主旨がすべて理解できてしまうのだ。

 例えば現在世界1の高さを誇る高層ビル、台北101の紹介文。「台北101ビルは全世界民衆が注目の焦点で、中国風な外観は勢いのある竹が一層づつ高くなる様で、伝統と現代、流行と古典の最高の創意を結合しています。民衆は世界で最高速の便利なエレペーター(僅か39秒間で101階に達し/時速60キロ)で台北の最高点へ上がれ、全市の風貌を一覧出来ます。」(原文そのまま)。

 もう1つ。台北で最も著名な観光地、故宮博物院。「故宮博物院は世界五大博物館の一つで敷地は約12,000坪余り、館内の典蔵品は70万件以上に及び、新石器時代から清朝末期の青銅器、玉器、陶磁器、甲骨文、書画等、見学する中外の遊客をして古今芸術の洗礼の中で酔わします。」(同)。

soboku080103.jpg どうだろうか。パフレットが伝えたいことはほぼ100%分かるはずだ。新聞社、雑誌社ならデスクが手を入れればすむ程度の文章かもしれない。しかし日本語が、こなれていない。基本的な文法はまずまずだから、機械翻訳とも思えない。さすがに機械翻訳だけで70ページにわたるガイドブックを作ってしまうはずはない。もしそうだとすれば、それはそれで、とてつもない冒険で大問題なのだが……。とはいえ、とにかく内容はすべて分かる。言いたいことを伝えることが、言葉の何よりも重要な役割だとすれば、このガイドブックの存在は、日本人にとってはとてもありがたいものなのである。

 ただ問題は、これが、日本を除く世界の中で最も日本語が通じる国・地域である台湾の、しかもMRTという重要な公共交通機関を運営する台北捷運公司(metro Taipei)が発行している公式ガイドブックであることだ。表紙に「2007.10印製」と書かれている事実から、これが最新版であることは間違いない。一体、どうしてこんな日本語になってしまうのだろうか。

 伝えたいことは分かる、その内容は大変役に立つ。しかしそこまで日本語が出来るのなら、もう少しこなれた自然な文章にできないものか。想像するに、なまじ日本語ができるものだから、文章の最終校正・校閲を日本人に頼まなかったのではないか。ガイドブックの文章を読んで違和感を抱かない日本人はいないはずだ。あるいは、60年以上前に日本語を使っていた年配者が書いたのか。確かに、現代日本ではあまり使わない古臭い表現も目立つ。

 日本語ができるという自信がこのような結果を招いたのだとすれば、何とも皮肉な話ではある。単純な日常会話をしているだけでは特に気にならない台湾の人たちの日本語も、観光ガイドや観光案内地図の文章となると、不自然さが目に付いてしまう。街中で日本語が通じることがほとんどない欧州の観光地のパンフレットは、逆にほぼ完全な日本語であることが多い。明らかに、日本語がまったくできないから日本人に作ってもらっている、と思われる。

 違和感のない言い回しや自然な表現はやはり、その言語を母国語として育った者でないと書けない。言葉が生き物である以上、今その言葉を日常的に使っている人間がチェックしないと、古臭い文章になってしまう。このガイドブックが日本人観光客を対象にしているのなら「もうちょっとこなれた現代ふうの日本語に直した方が良いですよ」と発行元の台北捷運公司に教えてあげようと思って連絡先を探してみると、ガイドブックの表紙に電話番号が載っていた。「24小時お問合せ」先として。

LinkIcon台湾な日本語(2)賞味期限(08.1.28)

記者が感じる素朴な疑問 記事リスト

2008年

台湾な日本語(2)賞味期限(08.1.28)
台湾な日本語(1)鉄道の公式ガイドブック(08.1.3)

理不尽な事実、ニュースに浮かぶ素朴な疑問、納得できない事象などを、フリージャーナリストが素直に書き記す。 [元全国紙記者]

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