[健康=メタボの行き着く先](29)離婚しても面倒な元妻と、交通事故からの鬱(うつ)

離婚後、仕事の忙しさもあって子供とは約2カ月に1回のペースで土・日曜日に泊まりで会っていました。せっかく泊まりだし、1人暮らしの自宅も味気ないので、子供と行きたかった場所を選んで出掛けていました。結婚生活が続いていれば、子供に見せたかったもの、教えたかった遊びはいくらでもあります。男の子としての基礎はしっかり叩き込んでおこうと考えていました。

糖尿病が離婚の引き金を引いたわけですが、だからといってすぐ死ぬというわけでもありません。子供の成長はきちんと見守っていくつもりでしたし、入学や卒業、誕生日、クリスマスなどはきちんと祝う気でいました。そもそも、あの元妻がまともに子供を育てられるわけがない、といぶかしんでいたのです。

ある時、新宿での打ち合わせを終えて高速に乗って帰宅しようかというタイミングで、元妻から携帯に電話がかかってきました。元妻とは極力話したくなかったので、通常はメールで報告を受ける程度。時折「子供が片付けないから叱ってくれる?」と子供に変わり、電話で言い聞かせることはありました。

●泣いて電話してくる元妻、信用できない涙●

が、この日はのっけから元妻は泣いていて「助けて」と言うのです。自分から離婚を切り出して散々のしった相手に「助けて」とは、自分勝手にもほどがあります。とはいえ、彼女は鬱(うつ)気味になることもある境界性人格障害なので、こんなことは結婚時から慣れっこです。そもそも、自分は元妻の性格を見限って以来、涙を全く信用していませんし、同情する気すら起きません。

この時の電話の詳しいな内容は憶えていませんが、「ごめんなさい、許してください」「子供を1人で育てる自信もないし、新しい人とあなたにしたような仕打ちをして傷付けてしまう」といったようなことでした。

まったく懲りねえバカだな、としか言いようがなく、次の人に同じことをしたら、あんたの言う「取り返しのつかないこと」を今してんだよ! と冷たく言い放つしかありません。もう離婚しているのでこちらも言いたい放題です。

そもそも、何でも話せて事情も知っている女友達が皆無の元妻にとって、別れた元夫は事情を知っている唯一の人間です。子供を介したママ友にも諸事情は話せません。だからといってこちらのことを気軽な相談相手と思っているのなら、ご都合主義もいいところでしょう。

全てはあんたの自業自得でしかない、と突き放したら「死にたい」と言います。「まあ、解決法はそれしかないよな。普通ならとっくに死んで淘汰されてるはずの人間が生きているのだから」と、これまで何度も思ったことが頭をよぎり、言ってやろうかと思いましたが、さすがにそれは押さえて、何とかなだめすかしました。

最後に、もう離婚したのだから俺に相談を持ちかけるのは間違いだ、と付け加えることも忘れませんでした。正直、自分としては、元妻がいなくなって子供と家に戻ることができたほうがラッキーなのですから。結局その後、新しいパパ候補は、元妻の心理的な破壊検査に耐えきれずに去って行ったようでした。

●信号待ちで停車中にタクシーに追突される●

九州出張の合間をぬって、雑誌の仕事もしていた自分は、高血糖と出張疲れのだるい身体で車を運転して都心の編集部に向かっていました。2005年真夏の出来事です。神保町付近でぼーっと信号待ちをしていると、突然、車が「ドンッ!」という衝撃を受けました。信号はまだ赤でした。停止中の車に対する追突事故です。

追突したのはタクシーでした。出てきた運転手はいかにもダメな人っぽくて、社会人としてきちんとした会話ができない本当にダメなヤツでした。早速、警察に連絡です。というか、運転手が何もしないのでこちらが指示して電話させました。救急車まで呼ばれて近所の病院で検査して首にコルセットをされてしまいました。診断は「むち打ち症=頸椎(けいつい)捻挫」です。それから警察で調書。予定した打ち合わせはキャンセルです。

当時のコルセット写真です。携帯電話で自撮りしました。顔がむくんで下膨れ状態になっています

その頃はとにかくだるくて仕方がなく、出張が多かったこともあり、自宅で衛星テレビ「スカパー!」の科学チャンネル「ナショナルジオグラフィック」と同「ディスカバリーチャンネル」ばかり見続けていました。

タクシー会社から謝罪も電話も来ないし、事故時の運転手の対応も要領を得ず頭に来ていたので、ようやく社長から電話が来た時は軽くキレてしまいました。わび状と菓子が届いたのは事故から約1カ月たってからで、さらにカッと来たので、菓子を送り返すとともに、質問状を送り付けて返答を要求しました。高血圧なので頭に血がのぼりやすいのです。

この頃の日記をSNSで発掘したのですが、元妻が家(離婚するまで一緒に暮らしていた一戸建て)の鍵をなくして入れないと言うので、ちょうどタクシー会社のわび状が届いた日に鍵を持って開けてやりました。帰ると元妻から電話が来て、お礼かと思ったら「いつまで鍵を持っているの?」だと!?

怒りのあまり電話で罵倒し返しました。そもそもその家の固定資産税を払ってるのは自分だし、ローンの関係で名義変更もしていません。それでも「私のものだ」と言う元妻。頭、湧いてるのか。血圧上がるようなことは、これ以上やめてくれ! 発狂しそうだ--。2005年の夏はそんな具合で過ぎていきました。

●動きたくないので薬が切れても放置●

異様な暑さだった2005年の夏、自分は離婚からの1人暮らし、会社設立、九州出張続きに高血糖でのだるさも加わり、何もしたくない、動きたくても動けないという鬱のような状態になっていました。もともと、鬱持ちだったのですが、結婚していた時は家の中に自分を上回る精神疾患モンスターがいたので、「鬱だよぉ」と休む暇などありませんでした。しかし、離婚して1人になると違います。家の中には自分しかいません。

九州出張もちょうど夏休みの時期ということもあって頻度が低くなっていました。しかし、リニューアルを請け負ったウェブサイトはいよいよ完成に向けて最終局面に入り、デザイナーの作業時間が急増。自宅兼事務所で追い込みをかけてもらっていました。その間は途中経過をチェックしてもらい、直しの「赤」を反映してもらうためのメール転送と赤の反映指示などを在宅で出していました。

その間に子供の幼稚園で運動会があり、元妻と離れて1人で見物。親子競技は子供と参加したけれど、子供はひたすらゲーム「ムシキング」の話をするばかり。まあ、それでも一緒に参加できたのはうれしかったのですが、仲良く夫婦で子供を応援する人たちが大半の中、1人での応援はなかなか辛いものがありました。

このあと、動きたくないという思いがひどく、高血圧の薬が切れても診療所に行くのが面倒で2週間ほど薬を飲まずにいました。すると血糖だけでなく、血圧も上昇しっ放しです。インスリンもろくに打てず……というわけで、久しぶりに入院が決まりました。離婚後初めてでした。(U)=雑誌・ウェブ編集者、50歳代後半

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