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[健康=メタボの行き着く先](41)新たに通う透析クリニック探しと見学へ
病棟の大透析室での人工透析を何度かするうち、シャントがちゃんと育ったということで、鎖骨から突き出しているパイプを取ることになりました。機械人間感が薄まって残念ですが、これはこれでかゆいし、消毒などが面倒なのでした。
それまでは鎖骨のパイプに回路のパイプを接続するだけで簡単だったのですが、これからはシャント部分の動脈、静脈部分に穿刺(せんし)針を刺して透析器へ血液を吸い上げ、戻すことになります。つまり、透析のたびに太い針を2カ所、腕に刺すというわけです。注射嫌いの自分には拷問です。これを2日に1回、これから死ぬまで続けることになったのです。
穿刺の針の太さは人によって異なるのですが、点滴用の針をイメージしてもらうと分かりやすいでしょう。自分の場合は写真上(利き腕と逆の腕にシャントを造成し、そこに針をさしてパイプで血液を吸い出して戻す)のような状態で極太の針を刺されています。もちろん刺す時は痛いのですが、通常は事前に痛み止めのパッチや塗り薬をぬっておきます。これだけでだいぶ、痛みは緩和されます。
これで、退院してもここの透析室に通うのかなと思っていたのですが、ドクターから「うちはもう満床で余裕がないから、自分の通いやすい透析クリニックを見学に行って決めてください。紹介状は書きますんで」と言われてしまいました。自宅は2つの駅のちょうど中間にあるので、自動車でも自転車でも、駅近くにある透析クリニックに通うことが可能です。
●久しぶりの帰宅、そして見学へ●
そんなわけで、久しぶりに自分のアパートに帰宅して着替えなどを用意。さらにノートパソコンや暇つぶし用の「iPhone」とステレオイヤホン、文庫本などをバッグに詰め込み、あらかじめ予約しておいた透析クリニックに向かいます。
まずは、結婚していた時代の最寄り駅近くに最近できた透析クリニックです。まだできたてで駐車場も完備。ただ、ビルは前からあり、2階に登るのが階段のみというのが気になります。1階が少し薄暗いのもマイナスです。自宅から遠い方の出口方面にあるのもネックでした。
続いて今度は自宅から自転車でも楽勝で行ける駅前の新しいクリニックです。ビル全体も新築に近く、1階に薬局があり、ここで薬をもらえます。夜間透析もあり、夕方から受けられることもポイントが高く、クリニックもできたばかりで清潔感もあるうえ、透析室には美人の熟女がコンシェルジュとして滞在していました。「これは院長の愛人に違いない」と勝手に決めてしまいました。ここには専用駐車場がなく、車より自転車向きです。
結果、後者のクリニックに決めて、病院へ戻る時間になりました。タクシーで帰還です。この2008年は、糖尿病から人工透析に至る高齢者も増えてきた年で、ここは元々も高齢者の人口が多い街だったので、あちこちに介護老人施設、葬儀場、リハビリ施設、そして透析クリニックが増え始めていました。その新設ラッシュがなければ、遠い場所に透析に通うしかなかったので、運が良かったともいえます。
クリニックを決めたことを告げて紹介状と現在までの病歴、透析導入の経緯、透析設定などを申し送り事項として書いてもらいます。その後、退院までの日々は仕事の打ち合わせとデータ受け渡しを病院近くのファミレスでして、ついでにその近所に菓子が安い店があったので腹が減った時用のおやつも買い込みました。ファミレスの喫煙席でバカバカ煙草を吸っていたのは、言うまでもありません。
●糖尿病が治った!? でもうまく歩けない●
不思議なことに、入院前にあまり食事できず、入院中は透析と糖尿病に対応した食事だったため、血糖値はインスリンを打つほどではなくなっていました。やった! 糖尿病が治った! 人工透析すげえ! と驚かずにいられませんでした。
しかし、喜んでばかりはいられません。病院外の散歩ができるようになったのは鎖骨のパイプが抜けてからだったので、ほとんどを病室で過ごしていました。年明けから家でも寝たきりでしたから、足の筋肉がすっかり弱まってしまい、歩くと息があがるのです。そして歩幅も前より短めで、力強く歩けません。
透析患者は後にもらうことになる障害者手帳では「歩行困難者」と書かれるのですが、その理由は入院時の足の筋肉の衰えではありません。透析をすると酸素を運ぶ赤血球の数が格段に落ちるのです。当然、激しい運動などは身体がついていきませんし、無理もできません。そして透析で強制的に血液を回すことによって下半身など末端への血流がスムーズに行かなくなったり、血管の硬化なども招き、徐々に動けなくなっていく傾向があります。
しかし、自分の中でこれはショックでした。入院期間は後から記録を調べたら2週間だったのですが、自分の中では1カ月くらいの印象でした。散歩もろくにできなかったので、長く感じてしまったようです。しかも、この時はまだ人工透析をするとどうなるのかもろくに調べていませんでした。
ともかくひとまず病院は退院することになり、あとは1カ月に1回ほど病院に様子を見せに来るだけで、普段は透析クリニックでしっかり透析しろ、ということになったのです。(U)=雑誌・ウェブ編集者、50歳代後半
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